氷雨降る朝に

朝から冬の冷たい雨が降り続いている。その氷雨降る朝に八朔の皮を剥きながら考えている。この八朔は父母がなくなってから取り壊した鶏舎の跡に植えたものである。鶏舎を取り壊したのは2011/04であるから、八朔を植栽したのは2011年から2012年にかけてのことである。だから、植えてからまだ七年ほどである。その幼樹に今年は30個以上の実成りがあった。正月にやって来た孫と八朔捥ぎ(はっさくもぎ)をしようと考えていたが、降った雪などに邪魔されて八朔狩りは為さずに終わった。

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デジタル世界の四騎士

デジタル世界の四騎士が世界を変えつつあるという。最近よく耳にするものに”GAFA”という呼称がある。”GAFA”の恐ろしさとか、”GAFA”に気を付けろとかいうものである。”GAFA”とは Google、Apple、Facebook、Amazonの4社の頭文字を並べた呼称である。世界で今、最も影響力があるとされる四騎士である。これら四騎士は私たちの生活とビジネスのルールを根本から変えつつある。

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今冬も源平干し

この冬は暖冬のようである。それなりに寒いことは寒いし、暮れには雪も降ったし氷も張った。でも伊吹おろしはそんなに吹かないし、感じるのは暖冬なのである。

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年越しの嵐過ぎ去りて

年末年始の喧騒の嵐が過ぎ去って、閑けさよりも侘しさがつのる日々である。2018/12/29夕刻に来岐して2019/01/07(休み明けの月曜日)午前に帰京していった長男一家の三名(長男だけは仕事の都合その他で5日に帰京)、元旦の午後に帰郷し三日の深夜に帰島していった次男、常は老夫婦二人の侘び住いが総数七名に膨れあがり賑やかというよりも騒々しかった鄙里なのである。

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2019年 己亥 春風献上

新年明けましておめでとうございます。
平成31年の年明けであり、新しい元号の風が吹く年明けでもあります。

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2018年 年の暮

2018年が暮れてゆく。今年は平成という元号が終わる年の暮れでもあり、一つの時代が暮れゆくような感慨がある。現役を引退して公文書や行政文書に接する機会が減ってからは、元号というものを日常的に意識しなくなって久しい。元号による暦年の記載を求められると「今は何年でしたっけ?」と問い直すことが増えるこの頃である。

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伊吹初冠雪

伊吹山が初冠雪した。今朝の最低気温は2度だった。昨年の初冠雪をアーカイブから確かめて見ると、11月21日に初冠雪とみられる写真を掲載していた。

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師走の彩り

師走は何処にというほどに暖かい小雨降る朝(室内16度)である。書くこともないというよりも書く気がしないのは変りないけれど、昨年の師走は何を書いていたかと2017年12月の記事を読み返してみたら12本も掲載している。2016年12月は17本、2015年12月は10本で、多くの年で10本以上は掲載している。

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埒も無い

雨が二日も続くと所在がなくて、ロクなことを考えない。本を読み続けるのも、テレビを見続けるのも、衰えが気になる目によろしくない。只々ぼんやり過ごしていれば埒もないことを考える。記事間隔も二十日になったので、山茶花と菊の画像だけ載せておけばよいのだが、止せばいいのに何かを語ろうとするから埒もないことになる。

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鄙里・霜月の彩り

今日は霜月朔日。2018年も残すところ二ヶ月、年明ければ平成が終わり新しい年号が始まる。さていつもいつも、そんなに記すことがあるわけでもなし、そこで鄙里の秋の彩りをグラビア記事風に。

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